雪原には、倒れた騎士が点々と横たわっていた。
誰も叫んではいない。
だが呼吸は荒く、胸を押さえてうずくまっている。
竜巻がいくつも立ち上がり、氷と雪を巻き上げていた。
視界は白く濁り、戦場の距離感を狂わせる。
その嵐の中に、二体の巨獣がいる。
雷を帯びたラージャン。
氷嵐を操るベリオロス。
エルンは一瞬だけ目を閉じた。
戦場を組み直す。
騎士団の半数が戦闘不能。
残りも隊列を維持できない。
このままでは崩壊する。
判断は一瞬だった。
「聞け!」
エルンの声が雪原に響いた。
「隊を三つに分ける!」
騎士たちが顔を上げる。
「第一隊!」
倒れた騎士を指した。
「負傷者を運べ!」
「安全圏まで下がれ!」
「ルートCで撤退路を確保しろ!」
数名の騎士がすぐに動いた。
「第二隊!」
エルンの視線がカイルへ向く。
「ラージャンの制御だ!」
カイルが小さく笑う。
「……一人で十分だ」
エルンは頷いた。
「好きにやれ」
そして最後に。
氷嵐の中心を見る。
ベリオロス。
この飛竜が、エリアの視覚を奪っている。
エルンは弓を構えた。
「第三隊」
深雪を見る。
「俺とミユキで、あれを抑える」
深雪は短く答えた。
「了解」
しらゆきが尻尾を立てる。
「行きますニャ!」
雪風が低く言った。
「うむ」
戦場は、二つに分かれた。
カイルとラージャン。
そして。
エルンと深雪、ベリオロス。
――雪原は、もはや戦場というよりも嵐の中だった。
竜巻がいくつも立ち上がり、氷の粒子を巻き上げている。
視界は白く濁り、地形の輪郭さえ曖昧になっていた。
その嵐の中に、二体の巨獣がいる。
雷を帯びたラージャン。
氷嵐を操る飛竜。
そしてその間に、人間たちがいた。
エルンは膝をついた騎士の頬を叩いた。
「動くな。呼吸を整えろ」
騎士は返事をしようとしたが、言葉にならない。
胸を押さえ、必死に空気を吸おうとしている。
エルンは周囲を見た。
倒れた騎士は多い。
だが、死んではいない。
(減圧……)
竜巻の位置を目で追う。
空気の流れ。
回転方向。
何かがおかしい。
――一方、雪原では。
カイルはゆっくりと歩を進めていた。
肺の奥が痛む。
耳鳴りもまだ残っている。
だが、足は動く。
ランスを握り直した。
視界の向こうで、雷の巨獣が動く。
そして、カイルを見た。
巨獣は理解する。
――目の前の敵は…強者。
その視線が、カイルへ向いた。
カイルは肩を回す。
「……来るか」
ラージャンが口を開いた。
雷光が収束する。
氷を帯びた雷撃が吐き出された。
直撃――したはずだったがカイルは微動だにしなかった。
――戦技一式:地壁
全身の関節を同時に固定することによる耐衝撃防御技術。
絶対的な防御は生存率の向上につながる事から、
師から最初に教わった基礎技である。
雷撃が消える。
カイルはその場に立っていた。
雪がゆっくりと落ちる。
ラージャンが拳を振り上げた。
巨体が動く。
即死級の拳が振り下ろされる。
直撃。
否。
拳はカイルをすり抜けた
…かのように見えたがわずかに横へずれている。
残像を残すような高速度で。
――戦技二式:光迅
脚部の筋肉を同時駆動することで生まれる瞬発力。
ボクサーのジャブを超える速度での短距離移動
巨獣の視覚には、まるで瞬間移動したかのように見えたであろう。
拳が空を切った。
カイルが低く言う。
「強い打撃。だが遅い。」
巨獣の瞳は怒りに燃えていた。
体毛がさらに逆立つ。
そして、体を縮める。
まるで、陸上競技のクラウチングスタートのような姿勢をとっていた。
全身を雷の金色、氷の青の混在した輝きに包まれる。
狙いは単純かつ明確。
全出力・全能力の一撃。
その質量×速度×属性威力で圧倒する。
巨体が突進した。
地面を抉るほどの勢い。
最速・最強の攻撃。
だが、カイルは動かない。
一歩踏み込む。
次の瞬間。
凄まじい轟音と共に巨体が宙に弾き飛ばされていた。
巨体が雪原を滑る。
――戦技三式:火衝
光迅による加速。
そして地壁による同時固定。
二つの技を同時に発動する戦技。
加え、カイルの歴戦の技術によるカウンター
巨獣にとってそれは、高速で迫る崖に、体当たりしたような衝撃だった。
巨獣の足がよろめく。
一瞬だけ、動きが止まる。
カイルの目が鋭くなる。
「今だな」
盾を地面に突き刺し、巨大なランスを槍投げの選手のようなフォームで構える。
ランスの優位性である、リーチと防御から、防御を完全に捨て去った構え。
そのまま大きく体を弓のように反らした。
圧倒的な力が圧縮されている。
足。
腰。
背。
腹。
肩。
腕。
手首。
全身の筋肉・間接が同時に加速する。
加速部位の多さから、その速度は光迅を更に上回った。
そして、カイルの体重+重装備+ランスの質量
着弾と同時に、全関節同時固定による巨大なエネルギーをロスゼロで叩き込む破壊力。
――戦技六式:穿雷突
ラージャンの胸へ。
轟音と共に巨体が吹き飛ぶ。
雪煙が舞い上がる。
そして。
ラージャンは静止した。
――カイルの六式発動。その数分前。
エルンは竜巻を見ていた。
矢を放つ。
竜巻の中心で弾かれる。
何も起きない。
もう一度撃つ。
今度は下部。
竜巻の雪が一瞬だけ乱れた。
だが消えない。
エルンが眉をひそめる。
「……違う」
再び弓を引く。
二本の矢。
上と下。
ほぼ同時。
竜巻が歪む。
しかし残る。
エルンが小さく言う。
「ミユキ」
深雪が振り向く。
「何?」
「少し揺れた」
再び矢を番える。
今度は四本。
弦が鳴る。
矢が四方向へ飛ぶ。
竜巻の上下を同時に貫いた。
回転が崩れる。
氷の柱が崩壊した。
竜巻が消えた。
深雪が言う。
「消えた……?」
エルンはすぐ次の竜巻を見る。
二本撃つ。
時間差。
消えない。
三度目。
わずかに速く。
竜巻が揺れる。
だが残る。
四度目。
ほぼ同時。
竜巻が崩壊した。
エルンは息を吐いた。
「……なるほど」
深雪が聞く。
「何か、解ったのですか?」
エルンが答える。
「上下同時だ」
少し考えて付け加える。
「ずれると消えない」
深雪が訊く。
「どれくらい…ですか?」
エルンは竜巻を見たまま言った。
「〇・二秒以内」
深雪には珍しく驚いた表情。
「〇・二秒…ですか。」
エルンは肩をすくめた。
「数回撃った」
数本の弓をつがえ、エルンが笑う。
「こんなところで役に立つとはな」
その時だった。
遠くで轟音と共にラージャンが倒れた。
深雪がそちらを見る。
「カイルさん……」
エルンは微かにほほ笑む。
「カイル…やったか」
戦場には竜巻はまだ残っている。
そしてその中心に。
氷の飛竜が翼を広げていた。
消された竜巻を再び展開している。
先ほどよりも数が増えているようだ。
「さて」
エルンが白銀の弓に四本の弓をつがえた。
「こちらも反撃開始。だな。」

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