Ⅶ.赫槍
瞬く間に隊の4人がやられていた。
状況は既に壊滅的と言えた。
だが、この男はあきらめていない。
「エルン!奴の位置は分かるか!」
カイルの声。
「位置を教えてくれ!そうすれば、オレが奴をやる!」
カイルは自分の腰につけられているアイテムを少し見て、カイルに目で合図した。
「よし、わかった」
エルンは目を閉じる。
見えない。
だが消えてはいない。
霧の流れ。
葉の揺れ。
地面の歪み。
「十時の方向、来るぞ!」
カイルが踏み込む。
盾を地面に叩き込み、固定する。
見えない質量が押し込んでくる。
地面が割れる。
足が沈む。
だが、退かない。
見えない敵の動きが止まり、飛び退る。
エルンはカイルの腰についている翔蟲を弓に括る。
――集中
――視覚に頼るな
目を閉じる
――奴はあの盾の先に居る
弓を引き絞る
眼を閉じた暗闇の中に、いくつかの微かな光のようなものが見えた
何かは分からない
「命」の影…?
感覚の鋭いエルンも初めて感じる感覚。
だが、奇妙な確信があった。
虚空に向けて弓を射る。
――静寂。
ぴん、と糸が張る。
“何もない空間”と、糸が結ばれる。
「そこだ!動くんじゃねぇぞ!」
カイルは巨大なランスをやり投げの選手のように構えた。
――ランスの優位性である「間合い」「防御」のうち「防御」を完全に捨てた構え
そして、身体を弓のように反りかえらせた。
その全身には凄まじい力が集中していた。
大剣の振りかぶりともまた違う、一種異様な構え。
全身の筋肉を収縮。
そして、足・腰・背・肩・腕・手首…全身の筋肉の同時加速。
着弾と同時に全関節を同時固定する事によるロスゼロの衝撃。
それを放つカイルの体躯とランスの重量
その結果は…
常識外れの破壊力
――理屈上、それは誰にでもできる。だがそれをやるのは至難の業。ましてや実戦では…
「六式:穿雷突!」
衝撃。
透明な外殻が砕ける。
霧が乱れる。
エルンが二本目の矢を打ち込む。
今度は姿が、薄く見える。
「手ごたえはあった、ここで終わらせる!」
カイルの赤い瞳と髪が炎のように揺れる。
その様はまるで赫き獅子というよりも赫く燃える鬼神の様であった。
再び、穿雷突。
最後の一撃が心臓を穿った。
不可視の巨体が、姿を現し、そして崩れ落ちた。
霧が、晴れる。
Ⅷ.生還
霧が薄れていく。
森の奥から、かすかな足音。
近衛兵が先に姿を見せる。
防毒幕を畳みながら、周囲を警戒している。
その後ろから、アリアンヌが現れた。
顔は蒼白。
だが足取りは崩れていない。
視線は――戦場に向いていた。
倒れた騎士たち。
紫に染まった地面。
崩れた古龍。
そして。
マティアスの横に膝をつくエルンと、立ち尽くすカイル。
王女はゆっくりと歩み寄る。
近衛兵が制止しようとするが、手で制した。
「よいのです。」
彼女は、血と毒に汚れた地面に膝をついた。
王族の衣が土に触れる。
誰も止めなかった。
マティアスの手を取る。
もう冷え始めている。
「あなたが……守ってくれたのですね。」
静かな声。
マティアスはうっすらと目を開ける。
「……殿下……ご無事で、何より……」
その視線が、カイルとエルンを見た。
わずかに笑う。
「名は……レオにするつもりだった。」
カイルが歯を食いしばる。
「もう少しで帰還なんですッ。お子さんに名前、付けてやってください!」
呼吸が止まる。
森は、静まり返った。
エルンは深く頭を下げる。
カイルの拳は震えていた。
アリアンヌは立ち上がる、手には僅かな震えがあった。
少女のか細い。だが毅然とした声で言う。
「この方の家族には、王家が責任を持ちます。」
王女としての言葉。
その瞬間、彼女は王族だった。
――後日
戦死・負傷者4名。
隊長は猛毒の後遺症により長期療養となった。
副隊長はわが子に会うことなく森の中で戦死した。
戦技隊は大きな損害を被った。
だが、少人数による王女救出と古龍撃破、森林回復のニュースは国中に響き渡り、国民は熱狂に沸いた。
そして、人々はいつしかカイルをこう呼んでいた。
「フェルヴァールの赫槍」と。
Ⅷ.山のざわめき
山麓道場。
コマツの話が終わる。
火鉢の炭が、ぱちりと爆ぜる。
しらゆきが腕を組む。
「……ボクの爆弾より派手だニャ」
ゆうたが苦笑する。
「規模が違いすぎるだろ」
ミツネがぽつりと言う。
「副隊長さん、子どもに会えなかったんだね……」
空気が少し沈む。
雪風が静かに続ける。
「戦場では珍しくない。だが、軽く扱える話でもない」
深雪は火鉢を見つめたまま、言った。
「“槍”って……強い人の呼び名だと思っていました」
一拍。
「でも、その裏でたくさんの人が傷ついている」
「それでも前に立つって……どういう気持ちなんでしょう」
徹心が、ゆっくりと立ち上がる。
その巨躯が影を落とす。
すぐには答えない。
炭を見つめたまま、低く言う。
「派手な戦いほど、残るものも大きい」
深雪が顔を上げる。
「残る……?」
「勝った記憶も、失った記憶もだ」
静かな声。
だが重い。
「それでも立つ者がいる。だから“槍”になる」
徹心は、今度は深雪をまっすぐ見る。
「前に立つかどうかは、強さで決めるものじゃない」
「覚悟で決まる」
深雪はしばらく黙ったまま、問いを投げた。
「……私は、どちらなんでしょう」
父でもあり、師でもある男に向けて。
徹心は、ほんの僅かに口元を緩めた。
「それはな」
間を置く。
「お前が決めることだ」
「だが――」
山の方へ視線を向ける。
「立つと決めたなら、最後まで立て」
言葉は短い。
だが揺るがない。
しらゆきが小声で言う。
「……ボクは爆弾係でいいニャ」
ゆうたが肩を叩く。
空気が少しだけ戻る。
徹心は外へ出る。
戸口で止まり、山を見る。
「……山が騒がしいな」
風が鳴る。

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