Ⅱ.毒の森
王国北方の森林は、元来は静かで穏やかな場所だった。
だがその日、森は“変質”していた。
葉は揺れているのに、音がない。
鳥も、虫も、鳴かない。
馬車の中で、アリアンヌは小さく眉をひそめた。
「……空気が、重いわ」
近衛兵が外を確認する。
「異常は――」
言葉が途切れた。
目の前にいた兵士が、音もなく消えた。
次の瞬間、空間から血が噴き出す。
悲鳴。
紫の霧が地面を這う。
「殿下、こちらへ!」
優秀な近衛兵が王女を引き寄せ、小型防毒幕を展開する。
簡易式の遮断幕。内部の空気は浄化できるが、長時間はもたない。
外では、何かがいる。
だが見えない。
Ⅲ.赫獅子隊
森の外縁。
王国騎士団 第一戦技隊――通称「赫獅子隊」が集結していた。
グレゴール隊長は、豪放に言った。
「古龍種、オオナズチ強化個体と推定。
殿下が森内で消息不明。
救出を最優先。必要あらば討滅する」
今回の作戦は7名という、少数精鋭での展開だった。
――道中
マティアス副長は軽く肩をすくめる。
「さて、帰ったら名を決めねばな。妻が“強い名がいい”とうるさくてな。」
普段は厳しい一面を見せるが家では恐妻家らしい。
エルンが静かに問う。
「え、、、まだ決まっていないのですか?」
「俺の子だぞ。そんなに簡単に決められるか。」
二人が笑う。
先頭を進むカイルの肩をグレゴール隊長が叩く。
振り返るカイル。
「いいか、お前は強い。そしてこの隊の先鋒だ。先鋒は槍を最後まで下げるな。皆の前に立つ以上、最後まで立ち続けろ」
カイルは黙って頷く。
Ⅳ.森へ
森へ足を踏み入れた瞬間、喉に焼けるような痺れを感じる。
――毒
森にオオナズチが滞在していることで、森全体が毒に侵されていた。
立っているだけで毒のダメージが蓄積されていく。
「それにしても、この毒素の強さは通常のものではないな」
「早く救出しなければ、王女が危ない。」
解毒薬を口にしながら赫獅子隊は不気味な静けさの森を前進していった。
しばらく移動すると、大破した馬車を発見した。
――血の臭い
周囲には血痕が飛び散っていた。
だが、死体の数は伝わっている巡察隊よりも少ない。
「……まだ生存者がいる可能性はあるな。」
グレゴール隊長が言う
その瞬間。
空間が歪む。
見えない鞭のような尻尾が空気を切り裂く。
隊員の一名が吹き飛んだ。
すかさず次の攻撃が来る。
グレゴール隊長が盾で防ぐ
「敵は姿を消している!全体防御陣形を取るぞ!」
Ⅴ.獅子環陣
「獅子環陣!」
グレゴール隊長が号令すると、騎士たちは素早く陣形を形作った。
攻撃方向を正面に定め、三枚の盾が森へ向く。
完全円ではない。
だが崩れない形。
盾を地面に半固定。
大剣と太刀が内側を滑る。
エルンは中央寄りに膝をついた。
盾の隙間から森を見る。
本来は弓を持つエルンを中心に展開する陣形だが、この時には負傷者が出ているためエルンの判断により外周の防御に回る変則陣形を取っていた。
マティアス副隊長がエルンに言う
「エルン、周囲を警戒してくれ。いくら古龍とはいえ完全に消えているわけじゃない。」
「必ず、何か気配があるはずだ。」
エルンは静かに頷き目を閉じて集中した
霧の流れ。
葉の震え。
地面のわずかな沈み。
「六時の方向!来る!」
エルンが叫ぶ
マティアス副隊長が踏み込む。
その瞬間。
尾が現れる。
紫の閃光。
マティアス副隊長の体が吹き飛ばされる。
「副長!」
同時に、オオナズチが地面へ毒核を打ち込んだ。
着弾した毒核が脈動する。
半径十数メートルが、瞬時に猛毒領域へ変わる。
「猛毒だ!気をつけろ!」
エルンが叫ぶ。
Ⅵ.崩壊
マティアス副隊長が吹き飛ばされ、猛毒が撒かれた直後だった。
虚空から更に紫色の毒核、そしてブレスが発射された。
「!」
グレゴール隊長は咄嗟にカイルを突き飛ばし、毒核を叩き落とす。
しかし、グレゴール隊長は毒ブレスを真正面に受けてしまった。
「油断するな!先鋒は最後まで立ってなくてはならん……!」
最後まで言い終わることなく、がっくりと膝をつく。
ほんの僅かな時間で、猛毒は全身を侵していた。
「槍は……下げるな」
グレゴール隊長はそのまま地面に倒れた。
「うわっ!!」
さらに、隊員がもう一人、吹き飛ばされる。
陣形の反対から声がする
「マティアス副長がやられた!」
見ると、マティアス副長の腹部には毒核が直撃していた。
紫の血管が浮かび上がる。
エルンが駆け寄る。
マティアス副長は笑う。
「……どうだ、奴は見えたか?」
「…見えました」
「よし…それなら勝てるな…」
呼吸が浅い。

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